プチコミュニティではリーダがルールブック。でも…

残念ですが、コミュニティを形成したり、運営する時にリーダとして関わり方を間違ってしまう人が少なくありません。その結果、コミュニティは動きを奪われて、寿命を終えることもあります。

コミュニティは一種のゲームだと考えることができます。コミュニティはどのようなゲームになるのでしょうか。どのようなゲームにせよ、ゲームを創ることがリーダシップの役割です。

もちろんゲームはルールに従って運営されます。特に日本文化を背景にした場合、ルールを明確にすれば、ゲームの進行は健全に行われることが期待できます。

ところが、リーダは特権階級だと考えるとコミュニティはゲームにならなくなってしまいます。リーダをその他のメンバーと区別し、経費を使いたいと考える人を見たことがあります。

リーダに特権を与えると、最初からコミュニティの参加者は不満を抱くでしょう。さらにゲームに参加するために時間を喜んで提供するとは考えられません。みんなが平等だという意識は、すべての日本人を支配していると考えるべきです。

そこでどうするかといえば、自分が同じ立場で振る舞えるルールを作ろうということに帰結します。そもそも自分が従うことをためらうルールを作らないことです。

リーダが自らルールを厳守することが原則です。ルールを守るリーダを見て、立ち上げメンバーが行動を決定するようになります。ルールを守ることもまたゲームの一環だからです。

するとルールを守っているコミュニティの人達を観察して、新しく参加する人が行動することが可能になります。このようにしてルールはコミュニティ全体を規範に従わせるのです。

逆にリーダが遅刻をすれば、コミュニティは遅刻を容認するルールになります。もちろん、リーダは別格だと誰も考えてくれません。正当だと思われる理由があれば、誰でも遅刻が容認されると考えるからです。

最初は、誰が考えても仕方がないという理由かもしれませんが、時間が過ぎて回数を重ねると段々と意味のない理由で遅刻するようになるはずです。

コミュニティはリーダが直接支配するのではありません。あれこれの判断をいちいちリーダが支持したり、許可を与えたりするのではありません。リーダは厳しいルールでも作れるが、支配するのはルールなのです。

そのためには最初からコミュニティを自分と同一視しないことが大切です。自分が作ったコミュニティですが、コミュニティは自分から独立した別の存在なのです。

なによりも会計をできるだけ早い時期に独立させることが、コツだと考えています。会計はもめ事の原因になりやすく、逆に明確にしておくと多くの人が納得してくれるからです。

社会人も学生もそれぞれに所属する社会のルールを持っていますから、コミュニティが何もルールを決めないと別の問題を生じます。それぞれが自分のルールを正当だと考えて混乱を招きます。

しかし、問題になる事態が起こらなければ、ルールは表面化しません。ですから、慌ててルールを作るのではなく、それ以外のルールは最低限にすれば息が詰まらないコミュニティを作れます。

合意制を採用するメリットを知っていれば、ルールの統一もそれほど負担にならないはずです。合意とは議論による決定に焦点を当てずに、全員の意見を参照して、リーダが全員の合意を得られる提案をすることを意味します。

コミュニティ全員の合意を得ることで、コミュニティは独立することになります。全員がコミュニティの意思決定者になるからです。そしてコミュニティの合意制は日本の古来からの伝統なのです。