終わらない関わりこそが大切。コミュニティの使命です

継続こそがコミュニティ運営の力、目標です。だって目的が完了すれば解散するというのではもったいないのです。コミュニティは素人の集団であって、目的を共有していない状態が本来の姿です。

人を集めて集団形成するのが一番難しく手間がかかるというのは、コミュニティ作りに挑戦した経験がある人の共通意見でしょう。確かに時間がかかり、一人一人のまとまりはないからです。

でもコミュニティという素人集団はさまざまに変化して適応できるという側面を持っています。このメリットはとても重要です。集団になれば、それだけで規模という力を持ちます。

特に何かの問題について話しあうとか、学習するとかという課題は必ずしも必要ではありません。むしろ、定期的にどこかに集まる習慣を作ることがポイントなのです。習慣を変更することは難しく、一旦作られた習慣にも変化させないようにする規制が働きます。

ですから、週に一回集まってお茶話をするコミュニティは理想的です。なによりコストが低い。ただ楽しい話がそこにあれば成立します。なんとなくいつも集まって無駄話をしているコミュニティを目標にしましょう。

週単位の時間感覚が維持できると、日付感覚がしっかりしてきます。忙しい日を送っていたり、逆にまったく予定がないような日を過ごすことになったりすると、曜日感覚や日付感覚が損なわれます。

それにプチコミュニティなら、大掛かりな準備が不要です。人数が多くなれば、場所の確保が大変な作業になり、担当者の負担が大きくなりますが、小さい集団であれば、街角にあるカフェでも用を足すことが可能です。

他人の日常は自分にとっての非日常であって、非日常が日常生活の活性剤になってくれます。興味の湧く話だけを追いかけて、そうでないものを聞き流すことにストレスはありません。

退屈が老いの大敵ともいわれます。世間で起きているさまざまなことに興味を持つことが大切だと。しかし、そのような出来事に触れる機会がなければ、どうしようもありませんよね。深刻ではない他人の世間話に参加することで、その機会を得ることになります。

そして他人の世間話に参加することは他人の人生を共有する意味を持ちます。これによって好奇心がよみがえる機会とすることができます。

定期的な会合が問題解決の準備になることを期待しましょう。定期的に開催されるコミュニティの場は情報共有の場であって、いち早く問題を発見することも可能です。

問題が生じてからでは遅すぎるのです。問題解決に当たる集団を作ることは、時間が必要だからです。即席で対応して時間をかせぐためには経済的な負担に置き換えなければなりません。つまり専門家に依頼するといった手段をとることになります。

しかし、コミュニティがあれば集まって合意を得るだけですぐに行動できるはずです。その中の人には専門家に及ばないながらも、ある程度の専門的知識を持つ人がいることを期待できるはずだからです。

でも、問題解決などの目的を完了しないことに意味があることを忘れてはいけません。目的を達成してしまうとコミュニティを解散すればよいと考えると、コミュニティの倫理観が低下します。つまり、コミュニティがその場限りの判断をしかねないのです。

コミュニティが持つ目的はイベントの成功です。目標はイベントの完了になります。でも目的達成したら次の目標を見つけることが必要ですし、仮に満足できる目的達成ができなくても大丈夫です。満足できなければ、再度行動するようにすればよいだけのことです。